あ ん:DVDジャケットの写真

日曜日に観たいこの一本

あ ん

「やりのこしたことは、ありませんか?」

ジャケットに書かれた、このなんということもない言葉が、この作品を観たあとではとても心に沁(し)みる。

満開の桜並木の中の小さなどら焼き屋。女子中学生がどら焼きを食べながらおしゃべりするこの店に、アルバイト募集の張り紙を見て、徳江という名前の老女(樹木希林)が訪ねてくる。店長の千太郎(永瀬正敏)は、「無理です」と断るが、老女はあきらめきれない様子で、自分が作ったという粒あんを持ってきた。半信半疑で粒あんをなめた千太郎はその美味しさに驚く。あんの製法は難しく、千太郎は何度試しても失敗していて、あげく業務用のあんに頼っていた。

徳江を店に迎え、あんの作り方を一から習うようになった千太郎の生活に、少しずつ張りが出てくる。美味しくなったどら焼きは口コミで評判になり、店は大繁盛。そんな時、一人店じまいをしている千太郎のもとに、店のオーナーの女(浅田美代子)が訪ねてくる。「その人、らい病患者じゃないかしら」。

平成8年、小泉政権下で廃止された「らい予防法」。ハンセン氏病(らい病)は、顔や手足の変形といった外見などから偏見と差別を受け、感染力が弱い病気であり、治療法も確立されていたにも関わらず、療養施設での強制隔離という行き過ぎた政策が長いあいだ放置されてきた。元患者たちは、完治しているのに、社会に出ることが許されず、そればかりか、施設内での妊娠、出産も許されなかった。

女性オーナーは、ひとしきり偏見と差別てんこ盛りの言葉を投げかけると、消毒液で手を拭いて出て行った。

今でもこんな人がいるのだろうか、と思ったが、人々の無知と偏見というのは、案外こんなものなのかもしれない。

徳江の役は樹木希林でなければできないし、また、樹木希林がいなくては、この映画は成り立たないのだと思う。兄に施設に連れてこられ、自分がハンセン氏病だと分かった時の絶望。籠の鳥のように、もうここからは出られないのだと知った時の絶望。でも徳江は、風や木々や草花や小豆や虫や鳥の声に耳を傾けながら、全てに生きている意味があるのだと感じながら生きてきた。そんな徳江を演じられるのは、やはり樹木希林のような独特のユーモアと、感性と円熟の演技力を持った人でないとできないのだと思う。

 

あんの写真

この物語に出てくるもう二人の人物、店長の千太郎と、女子中学生ワカナ(内田伽羅)にも陰がある。

女子中学生グループの他愛のないおしゃべりと、笑い声の中でどら焼きを焼く千太郎の目はどこか暗い。この千太郎の暗い目にひきつけられるように、徳江は現れるのである。塾だからと言って立ち去る友達を横目に、店に残されるワカナ。ワカナに千太郎は「今日の分」と言って、失敗したどら焼きの皮を大量に手渡す。ワカナは母子家庭で、進学をあきらめようかと悩んでいる。

千太郎演じる永瀬正敏もいい俳優だと感じる。徳江とはまた違った形で、千太郎には重く背負ったものがある。

それでも、徳江が、風にさえ希望を見出したように、千太郎とワカナにも希望はあるのである。

監督・脚本=河瀨直美、原作=ドリアン助川、出演=樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、市原悦子、水野美紀、太賀、兼松若人、浅田美代子/2015年、日本、フランス、ドイツ

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「あん」、発売・販売元=ポニーキャニオン、価格=【スタンダード・エディション】DVD税別3200円、【スペシャル・エディション】DVD税別4800円、 ブルーレイ税別5800円