わたしのページとびら絵△Y・Kさんの作品 わたしのページ投稿募集のお知らせ

読売新聞の夕刊が大好き!

わたしは読売新聞の夕刊が大好きです。毎日楽しみにしています。特に好きなのは「いま風」。月曜から土曜日まで「やくだつ、たしなみ、きれい、でかける、にほんご、おいしい」と色々なテーマで、紹介記事や著名人のエッセイ風の記事などが載っています。

新しいことを教えてもらったり、面白い話で笑わせてもらったり、まだ見ぬ景色を思い描いたり、なるほどーと思ったり、食欲をそそられたり、どれもみな興味深く読ませていただいています。

また、綺麗な写真や可愛い絵もカラーで載っているので、見ているだけでも楽しいです。

その他にも映画や舞台、音楽、美術館・博物館、テレビ番組などの最新情報や、本、ペット、旅、科学、ファッション、医療、3Dやパズル、子ども向けニュースなどなど様々な記事が載っているので、毎日飽きることがなく、本当に面白いです。

水曜日の「ポップスタイル」は見開き2ページにわたって写真がどーんと載っていて、思わず見入ってしまいます。

素敵な紙面をいつもありがとうございます。これからも期待しています。(稔台 メバル

 

バードカービングを初めて鑑賞

バードカービング(鳥の木彫り)を初めて鑑賞しました。身近で知名度の高い鳥ばかりが80種類ほどでした。雀・鳩・烏をはじめ、ヒヨドリ・ホトトギス・目白・鶯、また水鳥も並んでいました。

彫師の卓越した技術・優れた観察力、鳥のちょっとしたしぐさを見逃さない目力に感心しました。またベテランともなれば色合いや大きさだけでなく、体重まで合わせて完成させると聞き、二重三重の驚きでした。

どれもこれも小中学生の教材としても申し分なく、自然とふれあう機会の少なくなった子どもたちにも、是非見せてあげたく、かつ触れてほしいと思いました(触れてもいいものが何種類か置いてありました)。

展示コーナーの隅には、ノミ・彫刻刀・金づち、材木、そして見た事もない翼の見本も。翼の骨格は正しく人間の手に等しく、そこに扇子の様な折り畳み式の羽が規則正しく生えていました。

そう言えば、鳥類の羽毛を持つ「羽毛恐竜(うもうきょうりゅう)の化石」が、1990年代以降、中国で発見されているとの新聞記事を思い出しました。振り返れば学芸会等で幼児が小鳥に扮し、手をヒラヒラさせて踊るのも、あながち間違っていないと気付きました。

それら全ては東京在住の高齢者の作品と言うことも、また驚きでした。皆さんも一度ご覧になってはいかがでしょうか。(自然は一番 73

 

頼もしく成長した娘と投票

今日は千葉県知事選挙の日。

昨日、今月高校を卒業した娘に「明日投票に行くの?」と尋ねたら「お父さんが行くなら行く!」との意外な返事。普段、娘とはほとんどコミュニケーションなど無いのに。

それに、恥ずかしながらここ数年、わたしは投票所に足を運んでいなかったので、照れ隠しに「じゃ、一緒に行くか!」と久しぶりに父娘の会話が成立。

18才の娘にとっては初投票。投票率の低さがよく話題なる昨今、娘の意外な一面を見た思いだが、有権者としての自分の責任の無さに反省。

投票日、約束通り一緒に投票所へ。投票所は娘が通っていた幼稚園。頼もしく成長した娘と並んで投票。投票所を出る娘の顔は、「新有権者」としての責務を果たし何か誇らしげに見えました。

来月からは大学生となる娘。娘が確実に大人への、そして社会人への階段を上っていることを認識させられた日となりました。(M・O

 

孫娘の卒業写真見て感慨無量に

3月17日、東京都内某所、○○フォーラムで孫娘の○○大学の卒業式が行われ、孫娘からのメール添付送信で、卒業式当日の写真数枚が送信された。

この頃、テレビ・新聞等で見かける、はかま姿の学生たちの写真だけど、孫娘の写真にはあらためて感慨無量だった。パソコンのデスクトップに保存、写真をプレビューし、何回も何回も、家内と二人で楽しんでいる今日この頃。

理系の孫娘は早々に就職先の会社も決まっており、4月からは新社会人としての一歩を踏み出す。

「人間は趣味では人格は磨かれない。人間の人格は仕事に打ち込む中で磨かれていく」。

仕事に一生懸命、一心不乱に打ち込み、精進すること。卒業式は出発点、社会人として益々の活躍、発展を心からお祈りする次第である。(上本郷 まつどNS 79

 

子供達のいない時間にワクワク

4月から長男は小学生、娘は幼稚園に入園です。

子どもたちのいない時間、「ゆっくり買い物してみたい!」「友人とランチもしてみたい!」「手の込んだ夜ご飯作るぞー!」と、わたしも楽しみがいっぱいです。

しかし今は、手さげ袋、防災ずきんカバー、算数のおはじき等に名前を付ける…。制作物に追われて大忙しです。やってもやっても終わりが見えません。

毎日コツコツ頑張って、わたしも子どもたちと一緒に、晴れやかな気持ちで新年度を迎えたいです。(殿平賀 ももハッピー 40

 

充実した福祉介護施策をのぞむ

千葉県では独居老人世帯が1割を占めている。看取り等の問題以前に、日常生活及び緊急時対応方法が最重要テーマとなる。

松戸市では緊急通報装置を無料で貸与しているが、住民税非課税者に限られる。また、要介護要支援認定者で買い物に行けない者に対し、週4回以内で夕食の配達をしている。さらに、社会福祉協議会では24時間あんしん電話サービスを開設している。

しかし、独居老人世帯が安心して自立生活を送るためには、これらの福祉介護サービス施策では不十分なことは明白である。施設入所待ちで自宅に居住する者を含め、在宅介護問題は山積している。

また、地域包括ケアシステムの具体的施策の実施が市民視点から見れば不明確な現状において、「現実問題」として独居老人世帯が抱える福祉介護課題は、明日は我が身の切迫したものとなっている。

福祉介護施策に対する行政の見直しと、今後の発展的アプローチを強く行政に要望したい。(新松戸 T・E 65

 

故郷の高校の熱戦に絶叫!

記録的な熱戦続きだった第89回センバツ高校野球大会の決勝戦は、初の大阪勢対決となり、桐蔭高校が優勝し、4月1日に閉会した。

わたしの生まれ故郷の高知県四万十市の高知県立中村高校は、開会2日目に出場した(40年ぶり2回目の出場。今回は21世紀枠として出場)。1977年の初出場時は部員12人で闘い「二十四の瞳」と称され、準優勝したことを、高校野球ファンの中にはご記憶されている方もいらっしゃると思う。

今年のチームは部員16人。進学校のため、平日の練習時間は3時間。にも関わらず、昨年秋の高知県大会で強豪の明徳義塾高校を下し優勝した。各家庭での食事面の栄養指導を受講、サプリメントを上手に活用し(昨年12月9日読売新聞の「サプリの今」という特集に当校の取り組みが掲載)体の中からも鍛えたからだと思う。

対戦相手の前橋育英は3人の投手で継投、中村は一人の投手で投げ抜き、5点をリードされたが9回表で1点を返し、「ひょっとして奇跡が!?」と思い、心臓がバクバクした。結局、その後の得点は入らず、5―1で敗退した。

試合終了後、ホームベース横に整列した彼らは、かなりこんまい(小さい)選手が多かったが、冷静で堂々とした闘いぶりに、四万十市の大応援団と相手チームの応援団からも拍手が鳴り止まなかった(中村高校の応援団は今大会の最優秀応援団賞に輝いた)。

開会1週間前には3人がインフルエンザになり、どうなるのかハラハラしたが、テレビの前で絶叫したり、祈ったり、手が痛くなるほど拍手したり、飼い猫の平和な昼寝を妨げてしまったセンバツ2日目の第3試合だった。(二ツ木 Y・I

 

こんな情けない心ないひとが…

3月26日のスポーツ新聞を見て、怒りをおさえることができません。

東京電力福島第1原発事故後に避難した子どもたちへのいじめがあちこちで問題になっていますが、千葉県に家族で避難した小学6年生だった女子児童に小学校の行事の際、同級生の母親が「福島に帰れ」と言いながら、たばこの煙を顔に吹きかけたとのこと。

同級生の男児にも「福島の人と同じ学校は嫌だ」と何度も言われ、父親が別の兄弟の授業参観に出席した際には保護者から「福島に帰れ、何しに来たんだ」と、やじを浴びせられたという。

千葉県に、こんな情けない心ない人がいるとは千葉県の恥です。なぜ優しく接してあげることができないのでしょう。自分がされたら嫌なことを、なぜ人にできるのか不思議です。

そんな親に育てられた子どもの心はどのように育つのでしょう。まず親が子どもにしっかり教えなければならないことは「優しい思いやりと感謝する心」です。親自体がこんな状態では先が思いやられます。(松飛台・怒ってる婆 71

 

松戸の地域ソング「松戸の夜」

「小雨降る降る 高砂通り 肩を寄せ合う 傘一つ やっとつかんだ 幸せだもの 離したくない 離さない ああ ああ 松戸の夜に 灯がともる」

この歌「松戸の夜」は、昭和44年頃に松戸在住の中島季次郎さんから松戸の地域ソングを作ってほしい、との依頼があり、当時わたしは大田区のアパートに暮らしていましたが、まだ一度も松戸に行ったことがなかったので、イメージを頼りに作詞をした思い出があります。

演歌調のメロディが先にできていたので詞をはめ込む形で書くことになり、譜面を預かり、内容は希望のある松戸で幸せをつかんだというストーリーで仕上げました。詞が出来て初めて行き、高砂通りを歩きまわり、道幅の狭いところに焼き鳥、ホルモン焼き等の赤ちょうちんが軒を連ね、キャバレーのネオンも負けずと瞬いていました。温かみのある下町情緒がみちあふれる様に感じられました。

そして、コロンビア・レコードのスタジオで吹き込みが始まり、片面は「すぐやる課音頭」、もう片面は「松戸の夜」で、素晴らしい声で歌ってくれた中島季次郎さん、作曲家・水上勉さん、当時の市長・松本清さん、そしてわたし谷耕一、と4人でお茶を頂きながら、すぐやる課の話で大変盛り上がりました。全国的に有名になった頃の話でした。

それからしばらく経って、わたしは友人数人で柏駅前の飲み屋さんで飲んでいたら、有線放送から流れる歌が「松戸の夜」だったのでビックリしたことを鮮明に覚えております。

常磐線沿線、松戸、柏、千住、流山等の有線でリクエストされ、レコードも7000枚くらいが売れたと聞いております。今度書くときは、「ひみつ堂」さんのようなところで知恵を頂ければ、もっと地域名を使い、よい詩を書きたいと思います。

この歌に携わった人は若くして病に倒れ亡くなり、わたし一人だけでとても寂しい今日この頃でございます。(谷耕一))

 

多くの人と話して学びたい

わたしは自他ともに認めるほどおしゃべりだが、今まで随分、人を傷付けてきたようだ。でも、わたしのおしゃべりで元気になる人もいる。「あなたとしゃべっていると、とても元気になれる」と良く言われる。

わたしも毎日5人以上の人としゃべるようにしているが、話を聞いてあげるだけでも、いいんだと思うようになった。

子ども会の役員をやった時も、意見の食い違いから相棒の役員とモメそうになったが「お茶飲もうよ」と言って仲直りできたし、近所の人たちとも立ち話からコミュニケーションもとれて、とても助かったことが何度もあった。

人は一人では生きられない。なるべく多くの人と接して、いろいろ学ばなければと思っている。(八ヶ崎 匿名希望