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変わり百物語。怪談は心のすす払い

泣き童子(わらし) 三島屋変調百物語参之続 宮部みゆき 著

泣き童子(わらし)の写真文藝春秋刊 1700円(税別)

 三島屋変調百物語の3巻目。1巻目の「おそろし 三島屋変調百物語事始(ことはじめ)」(角川書店)を読んで以来、続編を読んでいなかったので、文庫になった2巻目の「あんじゅう 三島屋変調百物語事続(ことのつづき)」(角川文庫)も一緒に読んだ。

 百物語とは本来は、人々が怪談を持ち寄り、一話終わるごとにろうそくを一本ずつ消してゆくという趣向の催し。百話を話し終わり、百本目のろうそくが吹き消されると、本当に怪異が起こると言われることから、九十九本目でお開きにするということもあったという。

 しかし、三島屋で行われている百物語は、一日に一話。「黒白(こくびゃく)の間」という座敷で主人夫婦の姪(めい)おちかが聞き役を務める。

 三島屋は江戸でも評判の新興の袋物屋。主人の伊兵衛が振り売りから一代で興した店だ。もともと黒白の間は、伊兵衛が道楽の碁を楽しむための座敷だった。

 ある日、伊兵衛は碁敵として客を招きながら急用で妻のお民とともに出かけなくてはならなくなり、姪のおちかが主人の代役として客の相手をすることになった。ところが、客は黒白の間から見える一群れの曼珠沙華の真っ赤な花を見て卒倒してしまう。そして、おちかに曼珠沙華にまつわる怪異な話を語り始めたのだ。「おそろし」の第一話である。

 このことをきっかけに、伊兵衛は客を呼んでは面妖な話を語らせ、おちかに聞かせるという変調百物語を始めた。実は伊兵衛の酔狂な趣向というよりは、おちかの心のリハビリを目的としたものだった。おちかは、川崎宿の旅籠の娘で、この旅籠で起きた悲惨な事件の後、江戸の三島屋に預けられたのだ。

 主人夫婦の身内であるおちかは「お嬢さん」として振る舞ってもいいはずだが、三島屋では奉公人に交じって女中として忙しく働き、華やかな江戸の街に出ようともしない。どこか自分に罰を与えているようでもある。そんなおちかの姿に三島屋の夫婦は「これではいけない」と思っていた。怪談を聞くことは人情や世の理(ことわり)を知ることにもなる。

 本作「泣き童子(わらし) 三島屋変調百物語参之続(さんのつづき)」の第四話「小雪舞う日の怪談語り」で、初めておちかは店の外で行われる怪談会に招かれる。札差の井筒屋七郎右衛門が毎年師走に年の瀬の「心の煤(すす)払い」として怪談会を開いているのだ。「怪談語りをすると、人は神妙になる」という。

 おちかの前で語られる怪異の原因となる人の心の動きは、必ずしも悪感情とばかりは言えないものもある。それは強い身内への愛情だったり、村や店の発展や安寧を願う心だったり。しかし、そこにちょっとした「魔」が挟み込まれた時、怪異のもとが生まれる。

 「語って語り捨て。聞いて聞き捨て」が変調百物語のルール。話し終えた語り手には、肩の荷を下ろしたような表情を見せる者も、また、さらに想いを深くする者もいる。怖ろしいというだけではなく、読者の私たちも、少し謙虚な気持ちになってゆくのである。

 2巻目「あんじゅう」からは、かわいらしくて、少し切ない話も出てきた。村人に忘れ去られた山の中の壊れかけた祠(ほこら)に封じ込められていた「お旱(ひでり)さん」や、表題作の「暗獣(あんじゅう)」である。このシリーズでは、家にまつわる怖い話がいくつか登場するが、「暗獣」に出てくる「何ものか」は「くろすけ」という名をつけられて、この家に住む夫婦にかわいがられている。そういえば、宮崎駿のアニメ「となりのトトロ」にも同じような名前の妖怪(?)が出てきた。

 登場人物も増えてきた。黒白の間の隣りの間に控えて、おちかの守人となっているお勝もその一人。疱瘡(ほうそう)のために美しい顔には無数の痘痕(あばた)がある。疱瘡は当時、死病で、疫神の中でも最も強いと言われた疱瘡を乗り越えた人には魔を払う力があると言われていた。時に他人から疎(うと)まれる顔を持ちながらも、清々(すがすが)しい心根を保つお勝にも魅力を感じる。