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生真面目な死神と娘の復讐を計画する夫婦の物語

死神の浮力 伊坂 幸太郎 著

死神の浮力の写真文藝春秋 1650円(税別)

 「死神の精度」から8年ぶりに出た続編。前作が連作短編集だったのに対して、今作は長編小説となっている。

 「死神」の設定が面白い。主人公の千葉は、調査部に属している。上層部が決めた死の対象者に接触し「可」か「見送り」にするかを報告する。期間は7日間。「可」であれば、千葉が仕事をはじめて8日目に対象者は事故か事件に巻き込まれて死ぬ。自殺と病死は対象外。しかし、どんな場合が「可」で、どんな場合が「見送り」なのか、その基準について千葉自身もよく分かっていない。善悪だとか、人間が感じる価値基準でもない。

 ただ、ほとんどの場合が「可」になる。それをいいことに、千葉の同僚たちはロクに調査もしないで「可」にする者が多い。しかし、千葉は生真面目な性格で、仕事はきっちりとやろうと考えている。この仕事に特別なやりがいも、意味も感じてはいないが、仕事は仕事としてちゃんとしたい。適当に仕事をこなそうとする同僚には怒りに近い感情を抱いている。そして、対象者に対する情報を小出しにする情報部にも不満を持っている。

 まるでサラリーマンみたいなのだ。

 死神たちは音楽が大好きで、暇さえあれば、いや暇がなくても無理にでもつくって、CDショップの無料試聴コーナーに行って音楽を堪能する。音楽なら種類はなんでもいい。

 千葉は約千年前からこの仕事をしているので、時間の感覚が人間とは違い、時にトンチンカンな会話をする。調査のために参勤交代の行列に入って歩いたことを、きのう見てきたことのように話すから、相手は戸惑う。

 「死神の精度」では、6話で6人の対象者と接した。前のエピソードが後のエピソードに微妙にからむところもあり、面白かった。

 それに対して「死神の浮力」では対象は1人で、長編となっている。死神の設定などは物語のなかで語られていくので、前作を読んでいなくても十分に楽しめる。

 今回、千葉が接触するのは、幼い娘を殺された小説家の山野辺夫妻だ。逮捕されたのは近くに住む本城という青年。しかし、本城は一審で無罪となってしまう。山野辺夫妻は本城が犯人だと確信しており、復讐を計画している。本城はもともと良心を持たない「サイコパス」で、山野辺夫妻を傷つけ、もてあそぶことを楽しんでいるフシがある、得体のしれない存在だ。

 深刻で重い状況なのだが、ついトンチンカンな言動をしてしまう千葉の存在が場をなごませ笑いを誘う。千葉はこの世の善悪には関心がなく、山野辺夫妻を助ける気はさらさらないのだが、結果的に何度かピンチを救うことになる。これも、娘を失った山野辺夫妻の強い気持ちが生んだ結果のようにも思える。

 最後まで読むと、「浮力」の意味も分かってくる。深刻な話なのに、意外と読後感がいい作品だ。