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映画に見るアメリカの深い闇

最も危険なアメリカ映画 町山 智浩 著

『國民の創生』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで

最も危険なアメリカ映画の写真  集英社インターナショナル 1200円 (税別)

町山智浩さんは、アメリカ在住の映画評論家。TBSラジオ『たまむすび』で映画や時にはアメリカ社会について話すコーナーがあり、いつも楽しみに聴いている。最近は米大統領選のリポートでテレビにも出演されていたようだが、私はテレビをあまり見ないので実際には視聴しなかった。近著に『さらば白人国家アメリカ』(講談社)もある。

『「メキシコとの国境に壁を築け!」「イスラム教徒の入国を禁止しろ!」ダミ声で叫ぶ大統領候補ドナルド・トランプに、世界の人々は「史上最低の候補」「前代未聞」「最悪のポピュリズム(大衆迎合主義)」と呆れた。でも、彼のような政治家は、ハリウッド映画で何度も描かれてきた』と「はじめに」の中で、『ボブ★ロバーツ/陰謀が生んだ英雄』という映画について触れている。実業家から政治家に転身したボブ・ロバーツの選挙キャンペーンの記録映画で政治サタイア(風刺劇)だという。ボブ・ロバーツは保守的で女性差別的で、ドナルド・トランプによく似ているという。

以下が本書の目次。

◆KKKを蘇らせた「史上最悪の名画」『國民の創生』

◆先住民の視点を描いた知られざるサイレント大作『滅び行く民族』

◆ディズニー・アニメが東京大空襲を招いた?『空軍力による勝利』

◆封印されたジョン・ヒューストンのPTSD映画『光あれ』

◆スプラッシュ・マウンテンの「原作」は、禁じられたディズニー映画『クーンスキン』『南部の唄』

◆ブラックフェイスはなぜタブーなのか『バンブーズルド』『ディキシー』

◆黒人教会爆破事件から始まった大行進『4リトル・ガールズ』

◆石油ビジネスとラジオ伝道師『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『エルマー・ガントリー 魅せられた男』

◆金はやるから、これを絶対に映画化しないでくれ!『何がサミーを走らせるのか?』

◆ポピュリズムの作り方『群衆』

◆リバタリアンたちは今日も「アイン・ランド」を読む『摩天楼』

◆「普通の男(コモン・マン)」から生まれるファシズム『群衆の中の一つの顔』

◆マッカーシズムのパラノイア『影なき狙撃者』

◆アメリカの王になろうとした男ヒューイ・ロング『オール・ザ・キングスメン』

◆インディの帝王が命懸けで撮った「最も危険な映画」『侵入者』

◆なぜ60年代をアメリカの歴史から抹殺したのか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『フォレスト・ガンプ』 全体を通して黒人、移民、有色人種、同性愛者、リベラル、共産主義、カウンター・カルチャーへの嫌悪と差別というアメリカの深い闇が語られている。

第1章の映画『國民の創生』では白人至上主義の人種差別結社KKK(クー・クラックス・クラン)が正義の味方のように描かれているという。この映画は大ヒット作品で国民的映画となった。南北戦争後、黒人を選挙に行かせないという目的を果たしたKKKは消滅していたが、この映画のヒットで再び全米各地で結成され、多くの黒人や黒人に理解を示す白人が殺されることになった。

しかし、この映画を製作したグリフィスには差別したという自覚がなかったという。グリフィスは贖罪のためか、後に『インディアンの視点』『大虐殺』でアメリカ先住民の悲劇とフロンティア・スピリット(開拓精神)の欺瞞を辛辣に突き、「『イントレランス』で歴史上の民族や宗教への弾圧を厳しく批判した人道主義者でありながら、同時に『國民の創生』で黒人から投票権を奪うKKKを正義の味方として描いた差別主義者でもあり、アメリカ人そのもののように分裂していて面白い」と町山さんは書いている。

『國民の創生』の映画技法は画期的で、後の作品にも大きな影響を与えたという。また、南北戦争当時は、奴隷解放に積極的なリベラルは共和党で、消極的な保守が民主党だったという。黒人初の大統領バラク・オバマ氏は民主党なのだから、現在は逆になっている。こんなアメリカ史の基礎知識も同書にはちりばめられている。

同書で取り上げられている映画の中で私が見たことがあるのは、お恥ずかしながら、最後に出てくる『フォレスト・ガンプ』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だけだ。

どちらも日本でもよく知られるロバート・ゼメキス製作の娯楽作品。しかし、「歴史の歪曲と捏(ねつ)造と虚偽に満ちている」という。どこが、なのかはここでは書かない。是非同書を手に取って確かめていただきたい。