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1年で5つの仕事をめぐるスリリングでファンタジックな物語

この世にたやすい仕事はない 津村 記久子 著

この世にたやすい仕事はないの写真日本経済新聞出版社 1600円(税別)

5話からなる連作短編集。主人公は前職を燃え尽き症候群のような状態になって辞め、療養のために自宅に帰っていた30代半ばの独身女性。失業保険が切れたので、とりあえず職探しを始めたのだが、正直、働きたいのか働きたくないのかわからない。それで、「一日スキンケア用品のコラーゲンの抽出を見守るような仕事」と、相談員に条件を出してみたところ、仕事を紹介された。

主人公はまだ心のリハビリ中で、心身ともにあまり活動的ではないが、後半の話に行くに従って、徐々に動くようになっていくのが分かる。

約1年間で5つの仕事を経験するわけだが、ありそうでなさそうな仕事もある。

最初の仕事は「ブツ」を知らぬ間に預かっていると思われる人物をモニター越しに1日中見張るという仕事。バスの車中で流れる広告アナウンスを考えたり、お菓子の袋に書かれている豆知識を考えたり、街を歩いてポスターの張替えをしたり、森の中の小屋に詰めたり、という仕事を転々とする。

バスの広告アナウンスやお菓子の袋の仕事は現実にありそうだが、他はどうだろう。主人公は実家から通える距離で仕事を探すのだが、どうも雰囲気として、松戸とか柏のような大都市近郊の住宅都市を思わせる。最終5話で仕事をする「大林大森林公園(おおばやしだいしんりんこうえん)」は、森の端から端まで歩くと3時間もかかるという。どれだけ広大な公園なのだろう。来園者が「遭難」してもおかしくない。
どこかファンタジックでもあり、小さな謎が潜むミステリアスな部分もあり、そしてスリリングな場面あり、とかなり楽しめる。だからストーリーはあまり詳しくは書かないほうがいいだろう。

仕事を紹介してくれる相談員の正門さんや、それぞれの仕事で出会う同僚や上司の中には、必ずその職業を愛し、真摯に向き合い、使命感のようなものを感じている人が出てくる。そして、どこか憎めない感じがする。なるほど、どんな仕事にも、やりがいを感じて生きているという人はいるだろうなぁ、と感じる。

主人公は、疲れ果てて前職を辞めたのだけれど、基本的には働くことが好きで、真摯に仕事に向き合ったがゆえの挫折だったのだろう。

主人公の語り口が面白くて読んでいてニヤニヤしたり、時には声に出して笑ったが、思いのほか読むのに時間がかかった。スラスラ読めそうで、なかなか前に進まない。私だけかもしれないが、これは話の目が詰まっている、ということではないだろうか。つまり、筆者の目線がより細かいところまで行き届いているということである。