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読むとますます読書がしたくなる本

翼を持つ少女 BISビブリオバトル部 山本 弘 著

翼を持つ少女の写真東京創元社 1900円(税別)

 あなたは生まれて初めて読んだ本を覚えているだろうか。

 私は覚えている。確か小学校3年生ぐらいだったと思うが、学校の図書室にあった「コンチキ号漂流記」という実話をもとにした冒険譚だった。ポリネシア人の祖先は南米から海を渡って渡来したという仮説を証明するために、バルサ材などを使って作った筏(いかだ)で太平洋を横断するという話。もちろん、それまでにも教科書に載っている物語や先生に薦められて読んだ昔話などはあったが、自分で選んで読みたいと思って完読したのは、この本が最初だった。

 その次に夢中になったのは、やはり学校の図書室にあった子ども向けのSFのシリーズだった。興味の湧いたタイトルから、かたっぱしに借りて読んでいった。それまで決して読書量が多いとは言えなかった私にしては、画期的なことだった。特に好きだったのが、エドガー・ライス・バローズの「地底世界ペルシダー」とアイザック・アシモフの「鋼鉄都市」だ。しかし、担任教師は私の読書傾向を見ていい顔はしなかった。「なんだ、奥森君は結局漫画を読んでいるのか」と評した。漫画=悪書と信じて疑わない先生の発言だったので、私は少なからずショックを受けた。偉人の伝記を読んでいる子はほめられているのを見て、言いようのない矛盾を感じた。

 件の先生はもう亡くなられたが、コンピューターやロボット技術が大きな話題となる現代を迎えて、私は時々先生につぶやく。「SFはただの絵空事ではありません。未来の科学技術文明を想像力と科学的知識で予言し、警鐘を鳴らすこともあるんですよ」。アシモフはその名からも想像ができるように「ロボット工学三原則」を生んだ作家である。

 今回紹介する作品の主人公のひとり、伏木空(ふしきそら)もSFが大好きだという少女。BIS(美心国際学園)高等部10年(普通の高校では1年生にあたる)に転入してきた。彼女の周りにもSFの理解者は少なく、SFのことをもっと語りたいのに、分かち合える友人はいなかった。父子家庭で決して豊かではなく、家事もやらなくてはならないが、無理をして私立のBISに入学してきた。何か理由があるらしい。

 そんな空を同学年の埋火武人(うずみびたけと)がビブリオバトル部に誘う。武人は空とは逆にノンフィクション至上主義という読書傾向、いや、信念の持ち主だ。

 ビブリオバトルは一定のルールのもと、自分の推薦する本の紹介を行い、参加者(紹介者と観客)の投票でチャンピオンの本を決めるというもの。全国大会も行われている。BISは全国大会の準決勝まで行ったことがあるという強豪校だ。

 前半はビブリオバトルに登場する本のことを知るだけでも楽しい。こんな本があったのか! と感心し、もっともっと本が読みたくなる。ジャンルもSFだけではなく、ドキュメンタリーや評論、写真集、マンガ、娯楽本などと様々だ。

 私はしばらくSFを読まなくなっていたが、以前にこの欄でも紹介した著者の「UFOはもう来ない」がとても面白かったので、期待していた。著者のことだから、このままビブリオバトルの話だけでは終わらないだろうな、と思っていたら、案の定。後半は、今何かと話題になっている「言論の自由」や人権、平和などについても考えさせられる内容になっていた。ネット上で根拠のない言説が飛び交う現状にも警鐘を鳴らしている。特に若い世代にも読んでいただきたい一冊だ。