本よみ松よみ堂ロゴ

 

 

 

特異な文体。不思議な登場人物(動物)と異空間

電氣ホテル 吉田 篤弘 著

電氣ホテルの写真文藝春秋刊 1750円(税別)

 読み始めて「しまった。これは訳が分からん、変な小説なのでは」と思う。「序幕…二名の詩人が、それぞれの冒険に出る事。」には、上田(オルドバ)…詩人。猿の中也と共に停電調査をする男、上田(シャバダ)…詩人。オルドバとブラックなる詩人タッグを組んでいる。国営放送の23時台に15分番組のナレーションを担当、中也(チューヤー)…オルドバの連れている猿、が登場する。登場人物(動物)の説明は巻末の「登場人物名鑑」から引用した。この作品はシナリオではないと思うが、舞台のように「序幕」から「第一幕・第七場」まで、8編の章立てがあり「名鑑」には、70人の登場人物(動物)が載っている。236ページの、そう長くない作品の中に70人。しかも、登場するキャラクターは全て冒頭の2人と1匹のように個性豊かというか、どこか現実離れした人(動物)たちだ。巻末に「第二幕」の刊行予告があるので、続編も出るのだろう。

 冒頭の人物設定からして、筆者は詩人の中原中也を敬愛しているのだろうか。私は詩を読むのが苦手で、今までにちゃんと読んだことがない。だから、この作品が詩的なのかどうかは分からない。しかし、韻を踏んだ文章や、言葉遊びのような繰り返し、テンポの良さで最後まで読むことができた。時折、笑うこともあった。

 この世の巷(ちまた)が一階、二階は異次元の世界(?)、中二階は現実と別の空間の狭間、三階は宇宙(?)と独特の設定の中で、シャバダはキャシャという黒ずくめの衣装の女に異次元の世界(二階)に導かれる。児島という姓の人物が何十人も行方不明になるという事件が起きる。探偵の中田と探偵犬の終列車(犬の名前)がこの謎を追う。さらに、モンドリアン(門取)とシノゴノというフィルム手配師がシンガリという名の駱駝(ラクダ)の背に乗せて電氣フィルムという、すぐ静電気が放電して見られなくなってしまうフィルムを映画館に運んでいる。

 ここまで読んでも意味が分からないでしょ? 書いていても分からないのです。でも、こんな感じで最後まで物語は続く。

 舞台になっているのは、下谷区というかつて東京に存在した区だが、日暮里、上野など松戸に住む私たちには馴染みの深い地名が出てくる。上野周辺の古い街並みが、この物語にはとても合っている気がする。

 下谷図書館も重要な舞台として登場する。ここの二階に勤めるシュビという女性司書は「長い長い物語を読む係」。毎日長い物語をひたすら読むことを仕事とし、長く終わりのない物語を愛している。

 長い物語を読むことが仕事で、それで生計を立てている…。大学を卒業する時に、ルパン三世みたいになれたらな、と思ったことを思い出す。つまり、現実逃避。夢の世界。

 この作品を電車の中で読もうとして、うまく集中できず、あきらめた。秋の夜長の自室で、この世の音が全て消えてしまったような静けさと暗がりの中で、この世界に浸りたいと思った。