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4年をかけた労作。娘の成長と海戦生き生きと

村上海賊の娘 和田 竜 著

村上海賊の娘の写真新潮社 上下巻各1600円(税別)

 主人公は悍婦(かんぷ=気の荒い女、じゃじゃ馬)で醜女(しこめ)の村上海賊の姫、村上景(きょう)。悍婦はともかく、醜女という設定は意外だった。気は荒いが、美人…としたほうが絵になりそうだからだ。この物語には、琴姫という景とは真逆の姫が出てくる。女らしく美人と評判の姫だ。しかし、その容貌の描写を見ると、どうやら琴姫は色白ののっぺりとした顔立ちで、つまり平安風の美人のよう。対して景は長身でくっきりした顔立ちと、現代なら間違いなく美人と評される女性だ。時代が変われば美人の基準も変わる。

 時は戦国時代。大坂本願寺は織田信長との決戦を前に窮地にひんしていた。兵糧を運び込む要所に織田方の砦が築かれ、このまま兵糧が入ってこないと、やがて干上がってしまう。本願寺は、中国地方の覇者、毛利家に救援を頼む。兵糧は海から運び込む手はずなのだが、この作戦には瀬戸内海を支配していた村上海賊の協力がどうしても必要となる。

 村上海賊には、能島(のしま)、来島(くるしま)、因島(いんのしま)の三家があり、この時代、来島村上と因島村上の二家は既に毛利の配下となっていた。海賊王の異名を持つ村上武吉率いる能島村上家だけが唯一独立を守り、三家の中では最大の勢力を持っていた。この村上武吉の娘が主人公の景である。

 後に出てくる織田方の泉州侍や眞鍋海賊(泉州地方の海賊)、毛利方の武将にしても、戦う目的は自家の存続しかない。本願寺に籠る門徒を助けるというのは二の次で、どう振る舞えば自家のためになるか、ということのみを考えている。織田と毛利を常に天秤にかけているようなところがある。

 しかし、景だけは違う。この女は、最初、戦をただ勇壮のものとして憧れているようなところがあって、ちょっとキャラクターとして薄っぺらいかな、と感じていたが、難波で本願寺と織田方の戦を目の当たりにしてからは、大きく変わっていく。この物語は、景という20歳の女性の成長の物語でもある。

 安宅(あたけ=大型船)や関船(せきぶね=中型船)、小早(こばや=小型船)などの軍船が入り乱れて戦う当時の海戦の様子は読み応えがあった。毛利方とは好対照な泉州侍たちの気質やそれぞれの武将のキャラクターもきちんと書かれているので、後半になるほど頭の中で登場人物が生き生きと動き出す感じがした。

 4年の歳月をかけて完成させたという労作。上下巻で約1000ページという長編だ。多くの時間を史料を読むことにあてたと聞く。物語の随所に出典となる史料の名前や内容が出てくる。ただ、それが時に物語のテンポを壊しているようなところがあるようにも感じた。著者からすれば、読んだ史料の面白さを少しでも読者に伝えようという熱意からきているのだと思うが、難しいところである。