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危ういバランスの上に立つ2つの家族

無垢の領域 桜木 紫乃 著

無垢の領域の写真新潮社 1500円(税別)

 著者の作品をこの作品以外に2冊読んだが、いずれも釧路市が舞台となっていた。北海道と言うと、富良野のラベンダー畑のように、緑の絨毯と青い空といった爽やかな風景を思い描きがちだが、著者が描く釧路市は水墨画のように白と黒を基調としたモノトーンのイメージが覆っている。海から寄せてくる霧のせいか、湿度も高めだ。

 書家の秋津龍生とその妻伶子、図書館長の林原信輝と妹の純香の4人が主な登場人物。

 秋津龍生は書道教室の先生をしていた母の期待を一身に受けて育ち、中国留学もしたが、日本では大きな賞にも恵まれず、内心にふつふつとたぎる野心を飼い慣らしていた。妻の伶子は高校の養護教員をしていて家計は伶子の収入に頼っている。龍生の母は体が不自由で、家で介護している。母の介護をし、母から継いだ書道教室に来る生徒の面倒を見るというのが龍生の日常だ。収入は妻伶子に頼っているが、伶子は外で働いている分、姑の介護からは解放されるというところで、秋津家は微妙なバランスを保っていた。

 龍生が図書館で個展を開いていたところ、図書館長・林原信輝の妹・純香が偶然見に来た。龍生は作品の本質を言い当てるような純香の直截な物言いや、芳名帳に記入する時のゆるぎない姿勢にただならぬものを感じて大いに興味をそそられる。

 信輝は民間から派遣された初の図書館長として注目されていた。長年妹の世話をしてくれた祖母が亡くなってから純香を引き取ったが、図書館の業務と純香の世話に忙殺される毎日だ。純香は25歳になる若い女性だが、障害のため心はまだ少女のままだった。信輝には実家の札幌に幼馴染で恋人の里奈がいる。純香も里奈になついていて、里奈と結婚するのがいちばんだと分かりつつ思い切れずにいた。

 しかし、伶子と信輝は出会った時からお互いに心惹かれてしまう。信輝が養護教員である伶子に純香のことを相談したことをきっかけに、両家の行き来が生まれ、純香は龍生の書道教室で子どもたちの指導をするようになった。

 繊細なガラス細工のように、取り扱いを誤ると大きな音を立てて壊れてしまいそうな危うさを漂わせつつ、龍生と伶子、信輝の3人の心模様が丹念に描かれる。

 秋津家には体が不自由な母、林原家には障害を持つ妹という「重荷」がある、というのが物語の基本構造になっているのだが、実は私にはここがよく分からない。

 秋津の母は、あまりに利己的で冷たい印象を受ける。よくある嫁姑の対立で、伶子に冷たいのは分かるが、息子の龍生にも理不尽な気がする。

 信輝が純香を負担に感じる気持ちもよく分からなかった。「天使のように」祖母に育てられた純香は、読めば読むほど可愛らしい女の子に思えてくる。彼女だけが違う世界を見ている。題名の「無垢」とは彼女のことを言っているのだと思う。