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女を失った男たち。漂う女の不可解さ

女のいない男たち 村上 春樹 著

女のいない男たちの写真文藝春秋刊 1574円(税別)

 人間はもともと双頭で手足が四本ずつ、丸い胴体を持った生き物だったが、人間の傲慢な態度に怒った神々の王ゼウスが人間を真ん中から二つに切ってしまった。それで、人間は半身を求めてさ迷い歩くようになったという。この双頭の人間の性別は男と男、女と女、男と女の場合があった。古代ギリシャの哲学者プラトンの「饗宴」に出てくる話で、現代の「運命の赤い糸」の伝説にもつながる話だという。

 男と女の別れを描いた6つの短編集である。男はやはり女を求めていくものなのか。読みながら冒頭に書いた逸話が頭の片隅に見え隠れしていた。

 「シェエラザード」には、性交した後に必ずひとつ、興味深く不思議な話を聞かせてくれる女が出てくる。シェエラザードというのは「千夜一夜物語」(アラビアンナイト)の語り部となる美しい姫の名前。妻の浮気を知った王様は女性不信となり、夜を共にした女をみんな殺してしまう。王国には若い女性がいなくなり、大臣が困っていると、大臣の娘シェエラザードが「私が行きます」と直訴。シェエラザードは王様に毎晩不思議な話を聞かせ、明け方になると「きょうはこの辺で」と言って帰っていく。その話がいつも「いいところ」で終わるので、王様は話の続きが気になって、姫を殺さないで生かしておく、という話。

 「シェエラザード」に出てくる女は美しい姫とは似ても似つかない中年の女だが、「千夜一夜物語」と共通する女性の不可解さが漂う。

 「ドライブ・マイ・カー」がまさにそんな話だと思う。主人公のベテラン俳優は、亡くなった妻と生前に関係があった年下の俳優を知らぬ顔をして呑みに誘い、友達になったという話を若い女性運転手に話して聞かせる。男が知りたいのはなぜ妻は若い俳優と関係を持ったのか。自分との間に何が不足していたのか。若い俳優には自分にはない何かがあるのか、ということである。妻とは良い関係を築いていたという自信がある。だからこそ、妻の浮気が解せない。

 この作品集では作品ごとに書き方が違っていて、村上春樹のいろんな顔が見られる。

 「イエスタデイ」は「ノルウェイの森」のような青春小説を思わせる。

 「木野」は都会の幻想小説のような感じで、私はこの話が一番好きだ。主人公の男が経営する都会の路地の奥にある小さなバーとそこに住みついた灰色の猫、庭の古い柳、常連の不思議な男と古いジャズのレコード、予言者のように現れる三匹の蛇。現実と幻想の境はどこなのか。異次元の世界に引き込まれる感じである。

 「独立器官」では独身貴族を謳歌していた美容整形の医師が52歳にして「本当の恋」に出会い、運命が大きく変わっていく(といってもロマンチックな話ではなく、かなり悲惨な状況に陥っていく)。

 この作品集の「まとめ」のような感じで最後に置かれている「女のいない男たち」という作品。昔付き合っていた女性が自死を遂げたという事実以外は、ほとんど主人公の心の風景が描かれる。結局男は14歳(初めて性愛に目覚めたころ)の幻影をずっと追いかけていくものなのだろうか。