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バックナンバータイトル655号

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意外と知らない歴史の道

旧水戸街道を歩く

「小金宿に入る手前、旧水戸街道はどこを通っていたんでしょうか?」。本紙に「松戸の昭和史」を連載している根本圭助さんと話しているとき、こんな話題になった。江戸時代の五街道のひとつだった旧水戸街道は、後に整備された国道6号線と一部重なるが、旧道だけを通して歩いたことはないので、私もとぎれとぎれにしか知らなかった。そこで、市内を通る旧水戸街道を歩いてみることにした。

【戸田 照朗】

地図(小)

▲市内を通る旧水戸街道(クリックで拡大

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江戸・日本橋に発する水戸街道は、金町まで来ると、渡し船で松戸まで渡った。防衛上の理由で、江戸時代の大きな川には橋がなかったからだ。渡し場は、角町の交差点と松戸郵便局の間の少し広い道を江戸川の方に行ったあたりだったようだ。堤防沿いの道に「是より御料松戸宿」の道標が建っている(これは、平成7年に建てられたもの)。

松戸郵便局の前の道が旧水戸街道だ。郵便局の裏あたりに松戸宿の本陣があった。今はマンションが林立し、宿場の面影はますます薄れてきたが、松龍寺、松戸神社、宝光院、善照寺、西蓮寺と寺社が次々に顔を出すあたりが宿場らしい。小金牧での御鹿狩の際に将軍が松龍寺で休憩したという。門に葵のご紋があるのはそのせいか。

宿場は、郵便局のあたりから、市民劇場のあたりまでだったという。根本の交差点を過ぎて少し行くと右手に金山神社がある。常磐線の線路を歩道橋で渡ると、こんもり樹が茂る小山になっている。山自体が信仰の対象で、上まで登れる。この山に「かくれざとう」という場所があり、弘法大師が籠もって薬師如来を刻んだという伝説がある。木の根本を刻んだので、根本という地名になったという。

さらに街道を進んで、陸橋に行かず、歩道橋を渡って常磐線を越える。鉄道がなかった時代は、ここを街道が走っていた。反対側の道がフェンスのところで不意に行き止まりになっているのもこのためだ。

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竹ヶ花の交差点を過ぎてしばらく歩くと、国道6号線に合流する。北松戸駅を過ぎ、馬橋立体入口を過ぎると、左手に馬橋の地名の由来になった小さな橋がある。ここから、また旧道に入る。東京ベイ信用金庫馬橋支店の前に、「柏日庵立砂(はくじつあんりゅうさ)の居宅跡」という碑がある。大川立砂、斗囿(とゆう)親子は、油屋で東葛地方を代表する俳人だった。流山で味醂を商う秋元双樹とともに、小林一茶のパトロンだった。

萬満寺の門のところで道は直角に折れる。ここから、だらだら坂が続くが、この坂を「江戸見坂」という。昔はこの坂から江戸が見えたのだろうか。ここまで歩いてきた旅人は、振り返って江戸に別れを告げたのかもしれない。

坂を登り切ると、再び6号線に合流する。道の反対側には、「左 水戸街道」「右 印西道」という立派な道標が建ってる。「文化3年」の銘があり、江戸時代に建てられた道標であることが分かる。さらに道を進むと、右手に一里塚の跡がある。江戸時代の主な街道には一里(約4キロ)ごとに塚を作って、旅人の行程の目印にしたり、木陰で休める場所とした。

蘇羽鷹神社のところで右に折れ、再び旧道を歩く。武蔵野線のガードの下をくぐると、右には自動車学校。人通りも少なく、ここが昔、水戸街道の一部だったとは想像がつかない。道は、下りて上って、くねくねと続く。広い道路を横断し、さらに進むと、再び6号線にぶつかるが、これを横断して小金宿に入る。

左に一月寺、続いて旅籠の面影を残している「玉屋」、名刹・東漸寺と、宿場町の雰囲気が漂っている。道はやがて北小金駅の入口に着くが、サティの前に「本土寺道」の道標がある。駅がなかったころは、ここから本土寺の参道が始まっていたのだろう。

街道はここで右に折れる。坂を下りて上ると、再び6号線と出会うが、これを横切って直進すると、左手に緑の小山がある。ここは、根木内城の跡で、昨年、公園として整備された。松戸市内では大谷口歴史公園と並んで、今に残る数少ない戦国時代の山城の遺跡だ。空堀や土塁などの様子がよく分かる。

さらに、坂を下り、上りかけたところで松戸市が終わり、柏市に入る。坂の途中にお地蔵様と馬頭観音があるのだが、無残に壊されていて心が痛んだ。

この先、道はちょっとだけ流山市に入るのだが、そこに香取神社があり、ここにも一里塚があったという。

※参考文献=「房総の歴史街道 絵本」(さいとうはるき・崙書房出版)、「房総の街道繁盛記」(山本鉱太郎・崙書房出版)、「松戸の歴史案内」(松下邦夫・郷土史出版)

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北海道の離島に体験留学

利尻島の中学が生徒を募集

夢の浮島利尻島の大自然で学ぶ会では、今年も中学生を対象に、北海道利尻島への海浜体験留学生を募集している。留学期間は一年間で、留学生は現地の中学校に通いながら、都会では味わうことのできないさまざまなことを体験できる。

北海道稚内市から沖に約50キロ。利尻島は「利尻富士」と称される美しい利尻山を頂く離島で、昆布やウニ漁が盛ん。貴重な高山植物や海鳥が豊富で、隣の礼文島とともに「利尻礼文サロベツ国立公園」を形成する。

島内には4つの公立中学校があるが、このうち利尻町立仙法志中学校が生徒数の減少から統廃合への危機に立ち、その解消策として平成11年度から始めたのがこの「海浜体験留学」。

留学には、子どもと親が一緒に留学する「親子留学」と、子どもだけが留学して漁業の家庭にホームステイする「里親留学」の2通りがあり、留学生たちはクラブ活動や勉強など通常の学校生活を送るほか、地元の祭りに中心的な存在として参加したり、里親の昆布漁やウニ漁の手伝いなどを体験する。

費用は「里親留学」の場合、月額7万円(うち3万円が同会から補助)、「親子留学」の場合は月額3万円(うち2万1千円が同会から補助)といずれも良心的。さらに留学生が夏、冬休みに帰省する場合は旅費の一部を補助、親子留学の保護者には、希望により地元でのパート仕事も斡旋してくれる、などの援助も。

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利尻祭り

▲地元の祭り(上)や昆布漁に参加する留学生

留学する生徒は、北海道の生活を体験してみたい、と考えて希望する子もいるが、「不登校」経験者など地元の学校で行き詰まった経験を持つ生徒も少なくない、という。数人の生徒に一人の教師という都市部では望むべくもない教育環境で学び、地元の人たちと触れ合うなかで新たな気持ちで高校へ進学していく生徒も多い。

▼留学期間=平成20年4月1日〜平成21年3月末日

▼予定人数=里親留学、親子留学ともに若干名

▼説明会及び面接会=12月15日(土)午前9時から12時まで。会場は、島嶼会館(東京都港区海岸1-4-7)

▼申し込み期間=12月8日まで

▼問い合わせ=10163・85・1106学ぶ会事務局(ホームページ=http://www.geocities.jp/senjhs/)

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