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バックナンバータイトル653号
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遠い「公立」開設

松戸自主夜間中学 25年目に

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マンツーマンで行われる個別授業

▲マンツーマンで行われる個別授業

「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」の第25回総会が先月29日、勤労会館ホールで行われ、代表の藤田恭平さん(80)が記念講演を行った。松戸市に公立の夜間中学校を開設することを求めて、1983年4月3日に発足した同会の活動も今年で25年目に入った。同会が運営する「松戸自主夜間中学」(自主夜中)も今月2日で開校から25年目に入ったことになる。

【戸田 照朗】

 自主夜中は、勤労会館で毎週火曜と金曜日、午後6時から9時まで行われている。机を並べて行う学校の授業のような「一斉授業」と、家庭教師のようにマンツーマンで行われる「個別授業」が、3時間の間に同時進行で行われる。どちらに参加するかは自由。

四半世紀の間には、のべ約1200人の人たちが学んだ。

当初は、戦争前後に十分に教育を受けられなかった人や、中国残留孤児なども通った。「一斉授業」は、こうした人たちのリクエストから生まれた。「学校のように、机を並べて学んでみたかった」という気持ちからだ。

不登校や引きこもりの若い人や、障害者、外国人なども通った。そうした意味で、「セーフティーネット」の役割も果してきたと言える。引きこもりをしていた人にとっては、新しい友だちとおしゃべりするだけでも有意義な時間だ。

自主夜中には、社会見学や夏のキャンプ、文化祭(北斗祭)、出発の会(たびだちのかい。卒業がない学校なので、結婚や進学、就職など、それぞれの出発を祝う)などといった学校らしい行事もある。

だが、25年年目を迎えたと言っても、同会の中にお祝いムードはない。市教委との話し合いは進まず、成果はいっこうにあがっていないからだ。同時期に運動を始めた隣の市川市では、3年間の運動で市立大洲中に夜間学級が開設されたこととは対照的だ。また、ここにきて千葉市に公立の夜間中学を数年以内に開設する計画があることが分かった。「何の運動もなかった千葉市にできるのに、25年も運動のある松戸には…」と、同会の会員は複雑な表情を浮かべている。

電話 1341-4704。

「学校の授業」を思わせる一斉授業

▲「学校の授業」を思わせる一斉授業

 

新松戸チャリティーフリーマーケット

▲新松戸チャリティーフリーマーケット

 

課外授業やレクリエーションも豊富

▲課外授業やレクリエーションも豊富

 

▲夏恒例のキャンプ

 

▲2000回目の記念公開授業

 

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松戸自主夜間中学の1年

1月

・新年開校式(新年会を兼ねた始業式)

・都夜間中学校連合作品展

 

2月

・NPO・市民活動見本市

・課外授業(プラネタリウム)

・体験学習(料理教室)

 

3月

・出発の会(たびだちのかい=卒業、進学、結婚などそれぞれの出発を祝う会)

 

4月

・松戸・江東・川口自主夜間中学校合同お花見会

・新松戸チャリティーフリーマーケット(フリマや松戸まつりで教室借用料を補てん)

 

5月

・憲法記念日の集い

・花みずき公園フリマ

 

6月

・特別授業(ザ・夜もトーク広場)

 

7月

・「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」総会

 

8月

・体験学習(キャンプ)

・夜間中学運動全国交流集会

 

9月

・課外授業(社会見学=博物館、動物園、ゴミ処理施設等)

 

10月

・新松戸チャリティーフリマ

・まつど心の健康市民フォーラム

・松戸まつり

 

11月

・特別授業(昨年は2000回目の授業としてジャーナリストの池上彰さんが記念公開授業を行った)

・体験学習(ハイキング)

・花みずき公園フリマ

 

12月

・北斗祭(ほくとさい=松戸自主夜間中学の文化祭)

 

 

自主夜中の文化祭「北斗祭」

▲自主夜中の文化祭「北斗祭」

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第11回松戸市俳句大会

入賞作品決まる

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第11回松戸市俳句大会(市俳句連盟、市教委共催、松戸よみうり新聞社後援)が先月16日、市民劇場で開催され、以下の作品が入賞しました。今回はのべ784句の応募。入賞句と招待選者の能村研三氏、和田順子氏が特選句とした句を紹介します。

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仲直りさせて手花火終りけり      大須賀富美
  評 子供たちに混じっての手花火の風景。その手花火を奪いあっての小さな諍(いさか)いか、それ以前よりの仲違えなのかは知らぬが、手花火に興じる子供たちの中で気を遣う作者の心情があたたかく打ち出されている。はた目から見る限り、闇の中に小さな火花を散らす手花火には親しき家族という団欒がある。その団欒の中にあるほんの小さな子供たちの諍い。それを上手に捌(さば)いて手花火が終わる。そんな短い時間の心の軌跡が、実に簡略に一句に表現されている。まだ昂(たか)ぶりが覚めぬかのように、はしゃぎ合う子供たち、その景を見守りながら静かに後始末をする作者。闇が心地よく作者の安堵感を包み込む。手花火とは、ゆとりと穏やかさを取り戻す遊びなのであろうか。   (選者・増成栗人)

作者談 ある日、我が家の前の公園で、学校帰りの少年が喧嘩をしていました。泣きながら帰って行く少年、残った少年の眼も涙で潤んでいました。

日が暮れて、楽しそうに花火に興じる人々。近づくと、その中に、あの少年達がいたのです。お母さん、兄弟、友達と一緒でした。弾けるような笑顔でした。ふと、私は遠い日の我が子や孫達の姿と重ね合わせて「仲直りできて、よかった」との思いで一杯でした。

その時、詠んだ句がこの度思いがけず一位に選ばれ、ほんとうに夢のようです。

魚干して風の五月となりにけり     群 すずめ

評  どこかの漁港なのであろうか。一面に続く干魚棚。吹き抜ける明るき風のたたづまいを、自らへの呟きのように一句になしている。四月は桜が咲き、連翹が開き、ものの芽が一斉に芽吹く。言はば命の発芽の季節。しかし穏やかさの中にも、どこか暖かなけだるさを覚える時期だとも言えよう。五月は爽やかな風の季節。身ほとりを過ぎる風のさ揺らぎにも解放感を覚える。作者もこの干魚棚に来て、そこを通る軽やかな風音に五月という実感を総身で感じ取っている。「風の五月」が自らに呟く明るさの憧憬。しばらくそこに居続けたい、この明るさに浸っていたい。そんな呟きが聞こえてくる。(選者・増成栗人)

作者談 晩春から初夏にかけて毎日のように潮ふくみの風が吹くある日、ご近所の家のベランダに数匹の魚が干してありました。この時ふと、磯近くの小さな船着場の辺りに鰺や天草などが干してあった房総の海を想い出し、この句がすっと出来ました。思いもよらずこの様な嬉しい賞を頂いてしまい、改めて選者の先生方に厚く御礼を申しあげます。

春眠のペンの先まで及びけり   瀬崎 憲子

評  春眠という季語は唐の詩人・孟浩然の「春眠不覚暁(春眠暁を覚えず)」の詩から来たものだといわれている。この詩を待つまでもなく春の夜は心地よく、うつらうつらと眠りに誘われてしまうものである。この作者もおそらく春の一日を終えて日記でもしたためておられたのであろう。ついうとうととしてしまい、気が付くとペンの字が蚯蚓の這ったように乱れていた、或いは止まったままのペンの先からインクが紙面に滲み出ていた、という情景なのであろう。この様子を「春眠のペンの先まで及びけり」とずばりうまく表現された。平明な中にも非凡で実感と俳諧味のある佳句に仕立てられた。(選者・杉本光祥)

作者談 「春眠暁を覚えず」誰しも経験することながら、歳を重ねる毎に酷くなる。夫が自室に戻り静かになると私の時間。整った和室よりも食堂のテーブルが、私の句作のベストポジションである。出窓の鉢植えを眺めペンを走らせているうちに、何時しか睡魔におそわれ俯(うつむ)いてしまっている。ふと気が付くとノートの上は、蛞蝓の這ったかの如きペンの痕跡がある。何次曲線というのであろうか。こんなところから駄句が生まれた。ご高評を賜り恐縮しております。

細心にして大胆に蛇出づる    河口 仁志

評 あまり好かれない蛇であるが、俳人には、句材として好まれており、「蛇」が夏の季語、「蛇穴に入る」が秋の季語、「蛇穴を出る」が春の季語として詠まれる。この一句は、冬眠していた蛇が春の気配を感じて地上に現れてくる様を、あたかも映像のように見事に描写されている。

実際に蛇が穴を出る場面に遭遇したことはないのだが、初めて地上にでるときは細心の注意を払ってゆっくりと、そして安全と分かれば、一気にその姿を現す大胆さが、手にとるように理解できる。

そして、作者は人間社会における人の処し方を、そこに重ね見たのではないだろうか。「細心にして大胆」という相反した形容も、私たちが「蛇」にいだいているイメージに重ね見ることができる。

俳句は、自然をただ写し取ったものだけではつまらないと思っている。蛇が地上に現れる「春」は、人間社会においても何か始まる季節である。蛇の生態を写し取った句と見えて、人間の生き方に重ねて観賞できるところが、この一句の素晴らしさである。(選者・和田順子)

作者談 町中に住んでいると蛇などめったに見ることがない。三月に入って暖かな日久しぶりに散歩に出た。崖のある坂道に差しかかったとき、かすかに光るものの影が見えた。一米ほどもあるかと思われる縞蛇が身をくねらせて崖を降りようとしている。一瞬足がすくむ思いで見ていると蛇は用心深く鎌首を左右に振りながらするすると崖を降りて悠然と私の前を横切って藪の中へ消えて行った。束の間の蛇との出会いからこの句が生まれた。果たして蛇の気持ちになれたかどうかは定かではない。

人は皆さくらさくらと老いにけり    原川 龍夫

評 声に出して何度でも読みたい句である。リズムもよく、読む度に「そうね、そうね」と心の何処かが応えている。
和歌の勅撰集に出てくる「詠み人知らず」の歌のよろしさとでも言えようか。詠み人知らずは、作者が分かっていても、事情があって明かせない歌と、誰が詠んだか分からないが、謳い継がれている良い歌の二通り。この句は、後者に入る。誰もがそう感じていることを、作者が代表して詠んでくれた。それもとても素晴らしく。

日本人が桜好きなのは、一斉に咲く華やかさと散り際の美しさと言われる。桜に関しては、何時の間にか咲いて…とはならない。待つことのときめき、散りに行くことの惜別の情を精一杯感じ取るのである。

俳人ならば、桜の季節には、是非心に残る一句を詠みたいと願う。そして一年が過ぎていく。

この句は、作者が桜の中に浸っているのではなく、桜にときめいている人達を詠んでいる。そして、作者も桜に魅入られているお一人なのであろう。(選者・和田順子)

作者談 桜には、花から花へ飛び廻る鳥、人も花から花への愛着が高まり、日常を変へさせる魅力がある。今年は桜前線が遅々として天気予報士達を困らせ、街の桜まつりや、催物等で桜まつりを何時にするかで困った様でした。

我々傘寿の同期の仲間も、調整に時間をかけ、例年通り鎌倉に決定する。今年ほど、いろんな会合に出ても、さくらさくらと話題になった年は珍しく、仲間も老いて来たなと思ふ昨今でした。

梅天へ窓を積み上げ副都心   石澤 青珠

評 「梅天」は、梅雨空のこと。雲が低く垂れこめて、どんよりとした空である。そんな空へ向けて副都心のビルの窓が積み上がっている。梅雨空を仰げば、高層ビルの窓ばかりという印象は、私たちも体験する。

都心の廻りに開発された衛星都市副都心。新宿や渋谷、池袋を思う。都心に比べ高層ビルが目立つのである。

この句の眼目は「窓を積み上げ」の捉え方である。しかも一瞬の印象であろう。新しく作られたビルは窓ばかりが目立つ。つまり窓が積み上げられた状態がまず目に入り、梅雨空の副都心の背景があとから浮かんでくる。

見たままの写生のようで、有り得ない写生なのである。窓だけ積み上げてもビルは出来ない。しかし私たちはこの一句を読んでなるほどなぁと思う。子規の印象写生、秋櫻子の主観写生を思うのである。

見たままを言ってみても人の心は打たない。主観に裏打ちされた写生であってこそ、「うん、そうそう」と共感を呼ぶ。この場合の共感は、押し被さるようなどんよりとした梅雨空と、林立のビルの窓を見上げた時の閉塞感であろう。

現代の風景の中の、現実的詩情が見事である。(選者・和田順子)

先棒のことに穢の濃き祭足袋   秋葉 雅治

評 この句、おそらくは東京浅草の三社祭あたりを詠んだものだろうか。ことわざに「先棒担ぎ」というのがあり、「人の手先になって騒ぎまわる者」という意味で、余り良い言葉では使われない。しかし、遠くから祭笛が聞こえ、神輿が近づいてくると江戸っ子は血が騒ぐというのか尋常な気持ちではいられない。我先に祭に参加する気持ちは高まり、真っ白な白足袋に祭衣装を身につけ神輿の先頭に立った。その白足袋はまるで町の穢(けが)れを払っていくようでもあった。(選者・能村研三)

泰山木巣立のごとく開きけり     菅谷たけし

評 泰山木の花は、巨花がみごとで中国五岳の一つ「泰山」の山容にたとえて、タイサンボクという。樹高は十〜二十メートル、幹は殆ど直立し、枝は横に伸びる。多くの蕾は一斉にひらかず、小出しにひらき、花は白色で杯形をなす。巨花であっても花の成長は早く、まるで鳥たちが巣立っていくような感じでもある。朴の花にも似ていて私の句に「朴の芽を鳥科植物とも思ふ」という句を作ったこともあり、その成長ぶりはとても植物に思えない。(選者・能村研三)

 

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全児童・生徒に「SOSカード」

市がいじめや虐待など悩み相談受け付け

松戸市はこのほど、市内の全小・中学校の児童・生徒に、「こどもSOSカード」を配布した。このカードには、市の家庭児童相談室が開設している「こどもSOSコール」の電話番号などが掲載されており、家族や友人関係、いじめなどで悩んでいる子どもに向けて「こまったり、つらいことがあったら…、でんわしてください! いっしょにかんがえます」と呼びかけている。

このカードは、子どもたちからの悩みやいじめ、虐待相談に対応する窓口の周知を図ることを目的に、平成15年度から配布している。15年度は全児童・生徒、翌16〜18年度にかけては新1年生にのみ配布されてきた。

同相談室には、学校の元校長や教員免許を持った家庭相談員がおり、子どもたちからの電話やメールなどでの相談にあたる。これまでに子どもたちから寄せられた相談は、メールでの相談が多く、仲間はずれにされている、パソコンのサイト上でいじめられているなど、ほとんどは友人関係の悩みという。

「こどもSOSコール」は、1366・3941(月〜金曜、8時30分〜17時)。メール(mcjidousoudan @city.matsudo.ch iba.jp)、FAX(366・3901)での相談も受け付け。

なお、同相談室では子どもからの電話のほか、虐待やDV(ドメスティックバイオレンス)など大人からの相談も受け付けている。 【竹中 景太】

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こどもSOSカードの表
こどもSOSカードの裏
▲こどもSOSカードの表(上)と裏


相模台小で盆踊

「おやじの会」が協力

先月14日、相模台小で盆踊り大会が行われた。当日は大型台風の接近であいにくの天気だったが、子どもたちは体育館で楽しそうに踊っていた。また、外ではテントを出して出店なども。

このイベントには同小「おやじの会」が運営に協力している。同会は、地域の安全を守るためにも父親同士が交流を深める必要があるとして、学校のイベントなどに関わっている。

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▲悪天候のため体育館で行われた盆踊り

秋へ向け熱戦

江戸川早朝野球

毎週日曜日に江戸川河川敷グラウンドで行われている江戸川早朝野球は、雨天順延などを挟みながら秋の終盤戦に向けて熱戦が続いている。6月24日の第9回戦では昨シーズンから17連勝中だったドリームスターズがキングライオンに2│3で惜敗。今シーズン初の土がついた。しかし、その後は順調に勝ち星を重ねている。先月29日までの試合結果は次の通り。

 

●8回戦(6月17日)
キング 5−3 三ケ月
メイツ 6−1 ファミ
レイン 7−0 P S

●9回戦(6月24日)
キング 3−2 ドリー
サンデ 6−0 三 村
レイン 13−3 メイツ
ファミ 4−4 P S
● 10回戦(7月1日)
レイン 12−1 パワー
メイツ 15−2 プロス
三 村 8−4 P S
サンデ 8−1 三ケ月

●11回戦(7月8日)
ドリー 13−1 パワー
プロス 6−5 レイン
三ケ月 5−0 ファミ
キング 11−5 P S

●12回戦(7月29日)
ドリー 13−0 P S
サンデ 10−3 ファミ
三ケ月 9−0 パワー
三 村 8−4 プロス

 

 

 

 

 

 

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